大潟区の老舗菓子店・マルト歌代商店の日本いちじく「蓬莱柿」へのこだわり

明治xx年の創業以来、マルト歌代商店はいちじく菓子の専門店としていちじくにこだわり続けてきました。
それは「大潟のいちじくの美味しさをもっと知ってもらいたい」「いちじくで大潟を活性化したい」という想いがあるからです。

お菓子に使用するいちじくは最高級・大潟区産の「蓬莱柿」

いちじくの品種が全世界で200種類ほどある中、マルト歌代商店でお菓子作りに利用するいちじくは、マルト歌代商店の地元である新潟県上越市大潟区(旧:大潟町)で栽培された「蓬莱柿」という日本いちじくのみです。

この蓬莱柿は日持ちせず輸送に弱いことから市場にほとんど流通しない希少ないちじくです。
完熟した蓬莱柿は次の日になると萎びて風味が落ちてしまい、冷蔵保存でも実と果皮の状態が変わってしまいます。
このような理由から、収穫した蓬莱柿は鮮度が落ちる前に加工しなければならないので、マルト歌代商店では蓬莱柿の収穫の直後から毎年時間との勝負になります。

マルト歌代商店では収穫後の蓬莱柿に対し24時間以内に選別から加工までを行います。
蓬莱柿は熟度によって向いているお菓子が異なるため、まずは収穫された蓬莱柿を硬い状態のものと柔らかい状態のものに急いで選別します。
次に選別した蓬莱柿を茹で、一つひとつ手作業で皮むきをします。
皮むきされた蓬莱柿は保存が利くように加工され、これがお菓子作りの材料となります。
マルト歌代商店では短い収穫時期の間にたくさんの蓬莱柿を加工するため、朝まで夜通しで作業することも珍しくありません。

非常にデリケートで扱いが難しい蓬莱柿。
それでもマルト歌代商店が蓬莱柿にこだわるのは、美味しさへのこだわりがあるからです。

蓬莱柿は市場に多く流通している西洋いちじくの代表格「桝井ドーフィン」と比べて味にクセがなく青臭さがないため、お菓子にしたときにいちじく本来の味わいを引き出すことができるのです。
特に大潟区で栽培される蓬莱柿は砂地と浜風の豊富なミネラルを吸収して育つため、美味しい果実を実らせます。

地元育ちの最高級いちじくを最高の鮮度で加工することでその美味しさを閉じ込める。
これがいちじく菓子専門店であるマルト歌代商店のこだわりです。

いちじくの美味しさを活かすお菓子作り

「いちじくは生で食べるのが一番美味しい」
これはマルト歌代商店の先代店主がよく口にしていた言葉です。
この言葉をもとにマルト歌代商店では、余計なものや手を加えずにいちじくそのものの味わいを引き出すことを大切にしています。

いちじくは和菓子にも洋菓子にも合う果物なので、いろいろなお菓子に利用することができます。
マルト歌代商店では創業以来、より多くの方にいちじくの美味しさを知ってもらうために新商品の開発にも力を入れてきました。

“できるだけ生で食べるいちじくに近い味の商品”を目指し、マルト歌代商店で最初に開発された商品は「いちじく缶詰」でした。
その後もいちじくの羹、もなか、米大舟、ジャム、甘煮、どら焼きなどいちじく本来の味を活かした数々のお菓子を商品として開発してきました。
中にはその季節ならではの季節限定商品として発売しているお菓子もあります。

多くの試作品を経て開発された商品はまず試験販売され、お客様の声を聞いて正式に商品として販売するかを決定していきます。
また、すでに商品化されているお菓子についても、より美味しくより食べやすくなるよう常に改良を続けています。

このようにマルト歌代商店では、昔ながらの商品を大切にするとともに新しいお菓子の開発にも日々取り組んでいます。

今後もマルト歌代商店では、日本いちじくの美味しさと魅力を伝えられるようなお菓子作りを続けていきます。

日本いちじくの名産地・大潟と歩む老舗菓子店

大潟区でいちじくの栽培は、1907年(明治40年)に、現店主の祖父の叔父にあたる歌代万吉氏が農家をはじめとした地元の方々に対して収入の足しにして欲しいといちじくの苗木を配り、収穫されたいちじくを買い取って缶詰にしたことが始まりと言われています。

当時の大潟区はどこの家庭でもいちじくを栽培しており、「ちょっと喉が渇いたからいちじくを食べた」「大潟といえばいちじく」と言われるほど、いちじくは地元の人たちにとって馴染み深いものでした。
マルト歌代商店でも最盛期には、約200本ほどのいちじくの木を栽培していました。

しかし時代が下るにつれいちじく畑の宅地開発が進み、大潟のいちじく生産者は徐々に少なくなっていきました。
それでもまだまだいちじくの栽培に力を入れている生産者の方もいらっしゃいます。

そんないちじく生産者の方々と協力しながら、私たちマルト歌代商店はいちじくの名産地として大潟区のまちおこしを続けていきたいと考えております。

マルト歌代商店では現在でも20~30本のいちじくの木を150坪の土地で独自栽培しております。
いちじくを自社で栽培するだけでなく栽培方法の勉強会などを開催しており、以前の大潟のようにもっと多くのいちじくが栽培されるよう、いちじくの普及活動に力を入れています。
そのほかにも、地元の学校の社会科見学の場でいちじくのことや大潟のいちじくの歴史を子供たちに伝えることで、大潟のいちじくに興味を持ってもらう取り組みも行っております。

私たちにとって大潟の「蓬莱柿」はかけがえのない宝です。

蓬莱柿、先代、そして地元大潟の人たちへの感謝を忘れず、これからもマルト歌代商店の看板を守り続けていちじくの美味しさを伝え続けていきます。